国立研究開発法人国立がん研究センターによると、日本人が一生のうちにがんに罹患する確率は、男女ともに50%を超えています。
自分や身近な人が罹患した際に備えて、さまざまな治療法の特徴やメリットデメリットを知っておくことは重要です。
この記事では第4のがん治療と呼ばれる「遺伝子治療」について解説します。
遺伝子治療とは
わかりやすく簡単に解説
遺伝子治療は初め、遺伝性疾患を持つ患者さんに対して試みられました。遺伝性疾患は遺伝子異常が原因で起こる疾患で、根本的な治療法が見つかっていない疾患も多いのが現状です。
遺伝子治療は、患者さんの遺伝子を編集することにより、遺伝子疾患を根治する治療法です。根本的な治療法がないとされてきた疾患を治療できる可能性があり、大きな期待を受けています。
参考:三菱総合研究所50周年記念サイト「遺伝子治療が生む新しいヒト」
遺伝子治療のほとんどはがんを対象している
遺伝子治療は現段階では、そのほとんどががん治療を対象として使用されています。がん遺伝子治療は、がんを抑制するタンパク質の働きを促す治療法です。
がん遺伝子治療は重い副作用が基本的になく、体の負担も少ないため、新しいがん治療として注目されています。早期のがんの場合は、遺伝子治療のみで治療することもでき、進行している場合も他の治療と併用することが可能です。
がん遺伝子治療の特長や効果
がん遺伝子治療は副作用が少なく、末期がんから難治性がんまで適応できる治療法です。がん治療では手術・抗がん剤治療・放射線治療などが広く行われていますが、激しい副作用を伴うことが多いです。遺伝子治療は上記の治療法に比べて、副作用が軽いという特徴があります。
また先述したように、遺伝子治療は幅広いがんへの適応ができます。何らかの原因で他の治療法を受けられない場合の治療法として、遺伝子治療が使われることもあります。
参考:リバーシティクリニック「がん遺伝子治療」
がん遺伝子治療の種類
遺伝子を治す治療である「がん遺伝子治療」は大きく「体細胞遺伝子治療」と「生殖細胞系列遺伝子治療」の2種類に分けられます。2つのがん遺伝子治療は異なる特徴を持つため、この項目ではこの2つの遺伝子治療について詳しく解説します。
体細胞遺伝子治療
体細胞遺伝子治療は、皮膚などの次世代に影響のない「体細胞」に、治療のための遺伝子を導入する治療法です。そのため、子どもに遺伝子治療の影響が出ることはありません。
点滴により、1クールに6〜12回の遺伝子投与を行います。初回後には微熱が出ることがありますが、1%程度と頻度は高くありません。また効果がすべての人に出るわけではなく、10〜20%程度の方に治療効果が出たとされています。
参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査「がんゲノム医療とは」
生殖細胞系列遺伝子治療
生殖細胞系列遺伝子治療は、「受精卵」に遺伝子を導入する治療法です。生殖細胞系列遺伝子治療では、次世代に影響が受け継がれます。
さまざまな動物で実験が成功しており、ヒトにも投与が可能です。しかし倫理的な問題から世界的なルールが作られ、ヒトに生殖細胞系列遺伝子治療を行うことは禁止されました。ルールができる前に、中国の研究者により実施されたことがあります。
参考:遺伝性疾患プラス「日本でもすでに始まっている!遺伝子治療とはいったいどんな治療?」
実際に使われているのは
体細胞遺伝子治療のみ
生殖細胞系列遺伝子治療は、世界的なルールによりヒトに行うことは禁止されています。そのため実際に治療に使われているのは、体細胞遺伝子治療だけです。
体細胞遺伝子治療は子どもへの影響がないため、治療を受ける本人の同意があれば、倫理上の問題は基本的に生じません。生殖細胞系列遺伝子治療は、人類の遺伝子プールに手を加えることになるため、現代の倫理観では許されていません。
参考:遺伝性疾患プラス「日本でもすでに始まっている!遺伝子治療とはいったいどんな治療?」
遺伝子治療の副作用やリスク、その対策
新しいがん治療として、遺伝子治療は大きな期待を受けています。治療による体の負担が少なく、副作用が極めて小さいという特徴を持つ遺伝子治療ですが、注意が必要な点もあります。
この項目では遺伝子治療の副作用やリスク、講じられている対策についてご紹介します。
どんな治療にも副作用のリスクはある
遺伝子治療は副作用が極めて小さいという特徴があります。しかしその可能性は0ではありません。どんな治療にも副作用のリスクはあります。
遺伝子治療で、抗がん剤治療のような強い副作用が出る可能性は低いです。遺伝子治療では、発熱・吐き気・蕁麻疹といった軽度の副作用が出ることがあります。世界では軽度の白血球減少・血液凝固障害・腎機能障害といった副作用も報告されています。
参考:京都御池メディカルクリニック「がん遺伝子治療」
成功例が続いていた中で事故が続いた
遺伝子治療の臨床試験が開始されて、30年以上が経過しています。遺伝子治療の臨床試験が始まり成功例が続いていた中で、事故が続いたのが1999年〜2002年ごろのことです。
1999年には過剰な免疫反応が原因の死亡事故が発生しました。また2002年には白血病の発症が確認され、関係者に大きなショックを与えました。両事故共に、遺伝子治療の成功が続く中での事故でした。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「遺伝子治療とは」
安全性の高い
レトロウイルスベクターの開発が進んだ
先述した事故の発生から原因解明を進めたところ、レトロウイルスベクターのリスクが突き止められました。これにより、より安全性の高いレトロウイルスベクターの開発が進められることになります。
その後もレンチウイルスベクターやAAVベクターといった、より安全性の高いと考えられるベクターが開発されていきました。いずれのベクターも臨床試験で問題なく使用できると考えられています。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「遺伝子治療とは」
現在の体内遺伝子治療はかなり安全である
過去の臨床試験から開発・研究が進んだ結果、現在の体内遺伝子治療はかなり安全です。体内遺伝子治療は現在未承認治療ですが、臨床現場で提供されているがん遺伝子治療による、明らかな有害事象の報告はありません。
一過性の副作用として、発熱や血圧低下が見られることはありますが、日常生活に支障をきたすレベルではなく軽度といえます。今後より安全性と治療効果を高めたベクターの開発が進むことが期待されています。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「遺伝子治療とは」
がん遺伝子治療のメリット
がん遺伝子治療は、他のがんの治療法に比べて優れている点がいくつかあります。中でも大きな利点は副作用が少ない点です。闘病生活を少しでも過ごしやすくするために、遺伝子治療が取り入れられることもあります。この項目では、がん遺伝子治療のメリットを6つご紹介します。
重篤な副作用がほとんどない
がん遺伝子治療のメリットは、重篤な副作用がほとんどない点です。遺伝子治療では、一過性の発熱や血圧低下、吐き気や蕁麻疹といった軽度の副作用が出ることがあります。いずれも生活の質を落とすような重いものではなく、日常生活に支障をきたす可能性は低いです。
抗がん剤治療や手術、放射線療法などで見られるような重い副作用が出ることはほとんどありません。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「がん遺伝子治療のメリット・デメリット」
耐性にならない
がん遺伝子治療には、耐性にならないというメリットがあります。また遺伝子治療と抗がん剤治療と併用することで、薬剤耐性を持つがん細胞に相乗的に作用します。
抗がん剤が効きにくくなった症例でも、併用することで抗がん剤の効果が出やすくなることがあります。またがん幹細胞はストレスに強いため、抗がん剤が効かない場合があります。その場合にも、がん遺伝子治療は治療効果が期待できます。
参考:さくらクリニック「抗がん剤との相乗作用」
他のがん治療と併用できる
がん遺伝子治療は他のがん治療と併用が可能です。早期のがんの場合は、がん遺伝子治療のみでの治療も可能ですが、進行したがんに対しては他の治療法を併用する必要があります。
重い副作用の出る手術や抗がん剤治療、放射線治療と併用すると、手術範囲を縮小することができ、副作用を抑える効果が期待できます。治療効果をより高めるために併用することも可能です。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「がん遺伝子治療のメリット・デメリット」
入院せずに通院のみで治療できる
がん遺伝子治療では入院することなく、通院のみでがん治療が可能です。そのため、日常生活を大きく変えることなく治療を受けられます。がん遺伝子治療は点滴を用いた治療で、1回の治療時間は2〜3時間程度です。
治療頻度は症状や進行状態に応じて異なります。1週間に1〜3回程度から数ヶ月に1回程度の頻度で治療を行い、効果を確認しながら投与を継続していきます。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「がん遺伝子治療のメリット・デメリット」
BSCとなっても治療を継続できる
BSCとは緩和医療のことで、がんに対する積極的な治療を行わずに、症状緩和の治療のみを行うことを指します。患者さんの心と体をケアする緩和ケアとQOLの向上を目指す治療ですが、
- 有効な治療法がない
- 副作用が強くて治療の継続が難しい
と判断されて、日常生活・仕事を問題なく送れる状態にも関わらずBSC扱いにされることがあります。この時、最期を待つだけではなく治療を望む方は、遺伝子治療を選択できます。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「がん遺伝子治療のメリット・デメリット」
がんの予防としても活用できる
遺伝子治療の最後のメリットは、がんの発生を予防する手段としても活用できる点です。遺伝子治療が「がんの発生を未然に予防し早期発見する予防医療に活かせる」可能性があると考えられています。
予防医療では基本的に、
- ストレスを溜めない
- 基礎的な生活習慣を整える
- 定期的ながん検診を受ける
といったものが重視されますが、病院・クリニックの中には、予防医療として遺伝子治療を取り入れる所も出てきています。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「再発防止・予防的治療としてのがん遺伝子治療」
がん遺伝子治療のデメリット
がん遺伝子治療にはメリットだけでなく、デメリットも存在します。どんな治療法にもメリットとデメリットの双方が存在するため、治療を検討する際にはよく確認して選択することが重要です。この項目では遺伝子治療のデメリットを2つご紹介します。
保険適用外で治療費が高額になる
がん遺伝子治療を受ける際のデメリットの1つが、保険適用外の治療になるため治療費が高額になる点です。がん遺伝子治療に使う遺伝子治療薬は、生産に大きなコストがかかるため高額です。
受診する医療機関によって異なりますが、自費診療の場合、1回の治療費が30万円以上かかることもあります。さらに治療が複数回あるため、その度に高額な治療費を支払う必要があります。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「がん遺伝子治療のメリット・デメリット」
未承認治療で効果が確立していない
がん遺伝子治療は、未承認治療で効果が確立されていません。遺伝子治療は2000年頃から特に注目を浴び出した新しい治療法です。そのため、公的な認可を受けるために必要なデータがまだ十分ではありません。
遺伝子治療の中には、すでに公的な承認を得ているものもあります。しかし難治性とされる固形がんや再発がんなどに対する、承認された遺伝子治療薬はまだありません。
参考:医療法人社団DAP北青山Dクリニック「がん遺伝子治療のメリット・デメリット」
がん以外の遺伝子治療で治せる病気
これまで遺伝子治療の中でも、がん遺伝子治療について解説してきました。遺伝子治療は、がん以外にも治せる病気があります。この項目では遺伝子治療薬として承認されている病気と、遺伝子治療が検討されている病気をご紹介します。
治療薬として承認されている病気
脊髄性筋萎縮症
(SMA)
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、脊髄前角の運動神経細胞の変性が原因とされる運動神経疾患です。この疾患では、筋力の低下や筋萎縮を起こします。症状は個人差が激しく、健康な方と同じような生活が可能な場合から介助が必要な場合まであります。
脊髄性筋萎縮症の治療は、リハビリテーションや呼吸管理、咀嚼や嚥下補助といった症状に対する治療が主でした。しかし近年では、遺伝子治療薬が出てきており、治療効果も認められています。
参考:NCNP病院国立精神・神経医療研究センター「脊髄性筋萎縮症」
慢性動脈閉塞症
(閉塞性動脈硬化症・バージャー病)
慢性動脈脈閉塞症・閉塞性動脈硬化症・バージャー病は、いずれも動脈硬化により足や手の動脈が詰まったり、細くなったりして血が通いにくくなる病気です。中でもバージャー病は若年者に発症するという特徴があります。
血管内に血栓がある場合には、主に手術による治療が行われます。慢性動脈閉塞症に対する遺伝子治療が、令和元年から条件・期限付きで保険適用が可能になりました。
参考:徳島大学病院「遺伝子治療による血管再生療法」
遺伝子治療が検討されている病気
X連鎖重症複合免疫不全症
(X-SCID)
X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)は、免疫系の遺伝性疾患です。この疾患はX連鎖劣性パターンで継承されるため、基本的に男性にのみ発生します。主な症状としては、発熱・発疹・下痢・咳・うっ血などの他に、肺炎、敗血症、重度の細菌感染症が挙げられます。
2002年、2005年に起きた事故で白血病のリスクが確認されたため、現在日本で遺伝子治療は行われていません。
参考:ヒロクリニック「X連鎖重症複合免疫不全症」
アデノシンデアミナーゼ欠損症
(ADA欠損症)
アデノシンデアミナーゼ欠損症(ADA欠損症)は、ADA遺伝子の変異によるADA酵素活性の欠損が原因で起こります。主な症状に肺炎・慢性的な下痢・発疹・発育や知能の遅れなどが挙げられ、多くの場合、生後6ヶ月未満で症状が現れます。
アデノシンデアミナーゼ欠損症の治療は、酵素補充療法 (ERT)と造血幹細胞移植 (HSCT)が主な治療法です。遺伝子治療 (GT)もありますが、日本では現在未承認です。
参考:小児慢性特定疾病情報センター「アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症」
血友病
血友病は、血を固めるための「血液凝固因子」が不足または欠乏している病気です。 そのため一度出血すると、血が止まるまでに通常より長い時間がかかります。
血友病の主な治療方法は、造血幹細胞移植と補充療法です。そんな中、正常のADA遺伝子をリンパ球に導入して投与する遺伝子治療に成功しています。まだ確立された治療法とは言えませんが、これからの発展が期待されています。
参考:国立研究開発法人国立成育医療研究センター「アデノシンデアミナーゼ欠損症(ADA欠損症)」
パーキンソン病
パーキンソン病は、ふるえや動作緩慢、筋固縮や姿勢保持障害といった運動症状が出る病気です。中脳の黒質のドパミン神経細胞が壊れて、体をスムーズに動かす効果があるドパミンが減ることが原因で発症します。
現在パーキンソン病の根本的な治療法はなく、症状を抑えるための薬物投与が主な治療です。根本的な治療につながる可能性のある遺伝子治療は、実用化に向けて治験が行われています。
参考:NHK健康ch「神経の難病 パーキンソン病の遺伝子治療とは?」
遺伝子治療のよくある質問
- 成功例や成功率は?
- 効果の実感に個人差はある?
- 何回も治療する必要がある?
- 根治できない遺伝性疾患はある?
- 治療後でも子どもに遺伝する?
がん遺伝子治療の成功例や成功率は?
がんの遺伝子治療は治療効果がなかったがんにも効果が出る可能性があり、副作用が少ない治療法のため、選択したいと考える方も少なくありません。しかしがん遺伝子治療はすべての人に効果が出るわけではありません。がん遺伝子治療の成功率は、全体の10〜20%程度と報告されています。
参考:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査「がんゲノム医療とは」
遺伝子治療は効果の実感に個人差はある?
遺伝子治療の効果に個人差はあります。個々の人はヒトゲノムの塩基配列が0.1%程度異なります。こういったわずかな遺伝子の違いによって、どんな病気や治療でも次のような違いが個人差として現れます。
- 病気のかかりやすさ
- 薬の効き方
- どのように副作用が出るか
遺伝子治療は何回も治療する必要がある?
遺伝子治療では、複数回の治療を受ける必要があります。がん遺伝子治療では基本的に、1週間に1回の治療が推奨されています。治療スケジュールとしては、1クール6回程度治療を受けるのが標準です。治療期間は病状によっても異なりますが、基本的には1〜2クールは治療を受けます。
参考:ひろい内科クリニック「がん遺伝子治療」
遺伝子治療には
根治できない遺伝性疾患はある?
現段階で遺伝子治療で根治できない遺伝性疾患もあります。しかし遺伝子治療はこれまで「根治は不可能」とされてきた難病を、治療できる可能性を持っています。
先述したように、脊髄性筋萎縮症はすでに承認を受けており、他の遺伝性疾患も導入が検討されています。今後の発展次第では、根治できる疾患が増えることも予測可能です。
参考:遺伝性疾患プラス「日本でもすでに始まっている!遺伝子治療とはいったいどんな治療?」
遺伝子治療後でも
生まれてくる子どもに病気が遺伝する?
現在世界で行われている遺伝子治療は、子どもに影響のない体細胞遺伝子治療です。そのため、遺伝子治療を受けた後に生まれてくるお子さんには治療効果が現れません。
生まれてくる子どもも含めた遺伝性疾患の治療には、現在禁止されている生殖細胞系列遺伝子治療が必要です。
参考:遺伝性疾患プラス「日本でもすでに始まっている!遺伝子治療とはいったいどんな治療?」
最新のがん治療まとめ
この記事では、がん遺伝子治療について解説してきましたがいかがでしたでしょうか?
遺伝子治療は副作用が少なく、幅広いがんに適用できますが、費用が高いなどのデメリットもあります。他の治療法とも比較して、この記事を自分や身近な人の治療法選択にご活用ください。