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順リハビリ整形外科の医師について

医師紹介

[院長] 渡邉 順哉

「ここに来て良かった」感動するクリニックを目指しています

略歴

  • 鎌倉学園高等学校卒
  • 東邦大学 医学部卒
  • 横浜医療センター 初期臨床研修
  • 横浜市立大学附属市民総合医療センター 整形外科
  • 神奈川県立汐見台病院 整形外科
  • 平成横浜病院 整形外科医長
  • 渡辺整形外科 副院長 理事
  • 藤沢駅前順リハビリ整形外科 院長

資格等

  • 日本整形外科学会専門医
  • 認定運動器リハビリ・スポーツ・リウマチ医
  • 日本体育協会公認スポーツドクター
  • 日本医師会健康スポーツ医ロコモアドバイスドクター
  • 神奈川県難病指定医
  • 身体障害者福祉法第15条指定医
  • 義肢装具適合判定医
  • 日本骨粗鬆症学会会員
  • 神奈川県空手道連盟顧問医師

スポーツ歴

  • 空手道
  • 全日本空手道連盟公認 六段(2020年10月取得 最年少)
  • 2019年5月 横浜市戸塚区大会 個人形優勝
  • 個人形優勝(藤沢市、横須賀市、東京都港区)
  • 2018年2回 2019年1回空手世界大会救護ドクター

ごあいさつ
「ここに来て良かった」という他者貢献

藤沢駅前順リハビリ整形外科はお蔭様で開業35年を迎えることができました。

平成31年4月1日に、渡邉順哉が院長に就任致しました。

私は研修医から整形外科医になってからも4つの病院、大学病院から小規模病院まで8年間勤務医をして参りました。

その道のりは決して平凡ではありませんでした。

妻子持ちで研修医になり、家庭も両立しなければならないし、医療知識や技術も磨かなければならない。

そんな毎日は決して簡単なものではなく、なかなか同期や大先輩の先生方には医師としての評価はあまり良くなかったように思います。

大学生時代は成績は良い方でしたので、落ちこぼれだった中高生時代に戻ってしまった気分でした。

「お前はもっと謙虚になれ!」恩師で今も大変お世話になっている先生から、手術中に突然叱られたこともありました。(今でも、戒めとして、たまに思い出しては「もっと謙虚にならなければな」と言い聞かせています)

手術の技術もなかなか家に帰れないような多忙極まりない病院に配属されれば、多くの手術を経験できる分自信が持てたのですが、なかなかそうもいきませんでした。

手術は私なんかにされるより、もっと腕の良い整形外科医がやった方が良い結果が出るだろうとすら思い、手術に向いてないとすら思っていました。

しかし、手術大好きで外来診療はむしろあまりしたくない先生が多い整形外科医の中でも、私は外来診療は好きでした。

患者さんとお話しをして、一緒に問題を解決していくのが楽しかったのです。

よく医者というと、患者さんにはタメ語で敬語はあまり使わない先生が多いイメージあるかと思います。

実にそうで、何故か未だにほとんどの医者が患者さんにタメ語です。

私は「どうして目上でしかも相手は敬語を使ってくるお客様なのに、敬語を使わないのだろう?」と理解できませんでした。

もちろん、大学時代も研修医時代も誰も患者さんとの接し方なんて教えてくれませんし、先輩医師の見様見真似、結局は先輩がタメ語、その先輩もタメ語、だから新人の医者も全員タメ語になるのでしょう。

でも、医者もサービス業種の一つであり、偉くも何ともないと思っていました。

なぜでしょう、医者の両親を長年見ててちっとも偉い人に見えたことがなかったからかもしれません。

なので、私は敬語を使ってくれる患者さん、それがたとえ小学生だったとしても敬語で話してます。

もちろん大人には当然タメ語なんて友人でもない患者さんには使えません。

患者さんの中には医者をちっとも偉いとも思っていない方の方が多いと私は思っています。

 

脱線しましたが、ある日の外来での出来事です。

五十肩が治って嬉しそうに診察室を出ていこうとする中年男性が吐き捨てるようにして言いました。

「先生、本当に良かったよ!ここに来てさ!じゃあまた!」

私は内心結構嬉しかったのですが、あまりその時は意識の変化はありませんでした。

多分いつも通りのことを患者さんに提供していたからでしょうか。

 

さて、私が父から引き継いで2019年にリニューアル開業することになった藤沢駅前順リハビリ整形外科です。

当初、父が開業して33年間診療を行ってきた渡辺整形外科は特に経営理念が設定されていませんでした。

渡辺整形外科は私が院長交代になるまで、30年間ほとんど同じ診療スタイルで、徐々に経営不振になってきていました。

私は、経営理念がなかったことも、衰退に向かっていた原因の一つだったのではとも考えていました。

そこで、私が継ぐなら経営理念を明確にしないとと思い、何がいいかとあれこれ考えていた時に思い出しました。

そう、あの男性が言った「ここに来て良かった」というフレーズでした。

経営理念にするからには、自分が納得できるもの、理想と思えるもの、やって嬉しくなるもの、でないと嘘っぱち経営理念、形だけのものになってしまうと思ったのです。

私は患者さんに「ここに来て良かった」と思って貰えるような医療を提供できたときに、目指してきた方向性が間違っていなかったと再確認でき、さらに多くの患者さんに同じ感動を与えられると思っています。

また、感動を与えたい患者数が増えれば増える程、私一人でできることは限られてくるので、大勢のスタッフの協力が必要になります。

しかし、スタッフの方々にも同じ理念を理解して同じ方向性を向かないと患者さんには感動を与えられないと思っています。

理念をより分かりやすく行動に移すためにリッツカールトンホテルが始めたクレドも作ってみたり、

毎日、朝礼で理念を復唱したりとスタッフもうちの理念を理解し行動してくれるようになってきています。

お陰様で、多くの患者様に良い評価や評判を頂き、その評判がまた多くの患者さんを連れてきてくれます。

令和3年コロナ禍で1年も経過する中で、経営難に陥る医療機関も多いと聞きますが当院ではスタッフからは忙し過ぎるという悲鳴が聞こえてきます。

最初の緊急事態宣言では患者数が激減して肝っ玉を冷やしましたが、今では過去最多の患者数を更新し続け、来週の診察予約が取れなくて困ると相談が私に上がってきます。

初診の患者様には特にお待たせして申し訳ございませんが、今しばらくご理解ご協力を頂ければ幸いです。

 

さて、最近はハイドロリリース(筋膜リリース注射)を頻繁にやっているのですが、結構病みつきになります。

何故かというと、打った直後に痛みが出ていた動作を試してもらうと、患者さんから「え!?うそ!?」「本当に!?魔法みたいですね!」「これは凄い!」と思わず感動されることが多いからです。

私は我慢して表情に出していませんが、内心嬉しくてニヤニヤして喜んでいます。

実は、理学療法士は似たようなことができます。

運動療法で即時効果を出すことができる彼ら。

私も右肩がずっと固かったため、一度施術してもらったらものの数分で左肩と同じように動くようになって思わず感動してしまった経験があります。

彼らはこれを一つのモチベーションにして仕事をしているわけですが、我々整形外科医にはそんな技術はありません。

理学療法士って、患者さんを感動させられていい職業だなぁとちょっと羨ましい気持ちもありました。

そんな私の前にふと現れたのがハイドロリリースという治療法で、水で筋膜などファッシアを剥がすという治療でした。

理学療法士からヒントをもらったりしながら、数千本以上経験を積みようやく少しずつどこに打てば、しっかり効いて患者さんに感動を与えられるのかが分かってきた気がします。

治療した直後に、患者さんが感動する姿を見れる治療って実はほとんどなくて、整形外科医だとハイドロリリースくらいではないでしょうか?

患者さんが、感動して喜んだ表情・声、まさにそれが私の医師としての生きがいなのかもしれません。

最近、少しずつ当院に「おかげ様で良くなりました」と菓子折りなどを頂ける患者様が増えてきて嬉しく思います。

しかし、この前は予想外のプレゼントを頂きました。

診察室を出ていく患者さんから数年ぶりに言葉のプレゼントを頂きました。

「先生、本当にここに来て良かったよ!」

うちの理念を知っててか、半分冗談でかは分かりませんでしたが、胸が熱くなりました。

ここまで2年間理念を掲げがむしゃらに頑張ってきたのが報われた気がしました。

私が最も好きな本の一つ、超有名な「嫌われる勇気」で、心理学者アドラーは「他者に貢献することこそが人が幸せと感じることである」と言っています。

私が求めている「ここに来て良かった」と思ってもらうのは他者貢献の精神だと最近気づきました。

私は、外来診療を通じて、他者貢献ができていたから、外来診療に幸せを感じ、楽しんできたのかもしれません。

この理念は素晴らしく共感を生み多くの賛同者が当院スタッフとして加わってくれています。

いつまでも、いつの時代になっても、この理念「ここに来て良かった」が幹となり、他者貢献を通じて患者さんの悩みを本気で解決できるクリニックであり続けられるよう精進して参ります。

いつまでも患者さんが診察室を出ていくときに、吐き捨てていけるようなクリニックへ。

「先生!ここに来て良かったよ!本当に!」

藤沢駅前順リハビリ整形外科 院長 渡邉順哉

私のおいたち

昭和60年8月、5兄弟の4人目として横浜市に生まれる育つ。

小さいころから動き回っては転んで怪我の絶えない子だった。

兄の影響でなんとか鎌倉学園に入学するも落ちこぼれ、成績は学年ワースト2位。

中学1年生でサッカー部に入るも骨折と溶け込めなかったことにより幽霊部員に。

テレビゲーム三昧だったこの頃、見かねた親が、私が小さい頃からドラゴンボール好きだったことから空手を勧められて始め何となくダラダラ続けていた。

高校はスキーとクライミングができるという点だけに惹かれて山岳部に入部するも、恵まれた先輩後輩の中で苦手だった山登りとチームワークをやや克服。

高校2年生の進路を決める際に、姉の影響で小学校教員を目指そうとしていたところ、同級生から「勿体ない」の一言と兄の後ろ姿を追って医学部に進むのを決断する。

偏差値が39だった私は、高校3年生になった時点で担任教師に1年浪人して医学部に進むと決意。

学校の授業についていけていけなかっただけあって、さすがに現役医学部合格はできず、浪人。浪人中は塾にはほとんど行かず自宅などで勉強。

2005年東邦大学医学部と聖マリアンナ医科大学に合格し、第一希望だった東邦大学に入学。

格闘技部に1年間所属、そこで様々な流派の空手に出会い、衝撃を受け、空手三昧(週8回稽古)となり初段取得。

東京都大田区・港区で優勝を経験し、三段まで取得、頑張れば大抵のことは実現するという自信を得る。

将来、何科の医師になるかは決めていなかったが、空手の稽古中に足払いで相手が足首を骨折して手術することになってしまい、相手に将来は整形外科医になることを宣言。

医学部では落ちこぼれた過去を払拭するために、必死で勉強し、学年トップ10に何度か入り、初の彼女(現在の妻)と付き合う。

大学5年生で学生結婚・妻が出産。

子育てをしながらも、一度も再試験や単位を落とすことなく2011年医学部卒業・国家試験合格。

2011年3月東日本大震災の10日後になんとか子連れ結婚式を迎える。

妻の職場の関係で、藤沢市長後に転居。ここでも空手を再開し、藤沢市で優勝、四段を取得。

多くの同級生が東邦大学に研修医として残る中、横浜医療センターの研修医となる。

様々な診療科を回る研修医、共働きフルタイム子育て(2人目出生)と研修医の両立に苦しみと優秀な同期との実力差に苦しみながらも、何とか2年間乗り切り整形外科医に。

横浜市の実家近くに転居し、空手を再開、横浜市で準優勝、大会ドクター兼選手。

整形外科医1年目として、横浜市立大学附属市民総合医療センターに入局、整形外科の基本、人工関節や骨折の手術を中心に学ぶ。この頃に3人目の子供が生まれ、さらに仕事と家庭で多忙を極める。

整形外科2~3年目、汐見台病院、人工膝関節や膝関節鏡手術、骨折手術を行い、スポーツ整形も学ぶ。

空手では、アジア大会救護Drや世界大会Drや全日本選手権Dr、五段取得、神奈川県空手道連盟顧問医師に。

整形外科4年目~、平成横浜病院整形外科医長、骨折や人工関節の手術を行い、急性期から回復期リハビリまでの整形外科治療を経験する。この頃に、整形外科専門医試験に合格、4人目の子供が生まれる。

2019年渡辺整形の院長を受継ぎ、藤沢駅前順リハビリ整形外科に名称変更。

2020年空手六段を最年少で取得。

現在、骨粗鬆症認定試験を目指す。

院長の怪我歴

3才 右耳がカーテンフックでほとんど切れてしまい縫合
5才 左のすねをぶつけて縫合
7才 右肘を骨折(理事長が治療)
左前頭部をぶつけて縫合
10才 車にはねられたがほぼ無傷
12才 サッカー部で転んで右手首を骨折(理事長が治療)
転んで曲がって治りかけたため再度折られる
16才 階段から飛び降りてかかとの骨折(理事長が治療)
30才 転んで手の骨折、手術を受ける
32才 右坐骨神経痛でリリカ内服

経験があるからこそ痛みの分かる整形外科医である。

[理事長] 渡邉 正美

藤沢駅の南口で初の整形外科を立ち上げ35年

略歴

  • 金沢大学 医学部卒
  • 横浜市立大学病院
  • University of Utah(骨代謝研究)
  • 神奈川県立こども医療センター
  • 横浜市立港湾病院
  • 三浦市立病院
  • 平塚共済病院
  • 渡辺整形外科 院長 理事長
  • 藤沢駅前順リハビリ整形外科 理事長

所属

  • 日本整形外科学会専門医
  • 医学博士
  • ロコモアドバイスドクター

スポーツ

  • ランニング
  • マウンテンバイク
  • 居合道全日本剣道連盟 参段

ごあいさつ

いつも当院をご利用頂きありがとうございます。
現在の藤沢は、私が開業した昭和61年の頃とは比べ物にならないくらい栄えた町になりました。
30年で変わったのは藤沢だけでなく、整形外科疾患の治療も大きく変わってきました。
渡辺整形外科は平成の最初から最後まで、藤沢の地域医療に貢献してまいりました。

令和元年という、一つの区切りのタイミングで、院長は渡邉順哉に代替わりをし、リニューアルオープンを行いました。
今後も、引き続き診療を参ります。

開業当初から長きに渡りご来院頂いている方もまだまだ数多くいらっしゃいます。

時代とともに医療は進歩して、昔は電気や引っ張る治療が中心だったリハビリ室も今では多数の理学療法士によるリハビリ治療により機能回復を図れる時代になりました。

昔ながらの電気や引っ張る治療も気持ち良くて良いと言われることもありますが、やはり機能回復を目指した治療に主眼を置いた方が患者様も満足されやすいと思います。

転倒などによる骨折や交通事故による怪我も理学療法士のリハビリによって後遺症のない治癒を目指すことができます。

患者様の訴えに応じて、懇切丁寧な診察と説明を35年間行ってまいりました。

神奈川県立こども医療センターに勤務していたことから、小児疾患や骨腫瘍疾患のほか、英語の対応も可能ですので、海外から来られた方もお気軽にご相談下さい。

ご要望をお気軽にお知らせください

050-5533-3845050-5533-3845

診療時間 / [午前] 9:00~12:30 ※12:00 受付終了
[午後] 13:30~17:30 ※17:00 受付終了

休診日 / 土曜午後・日曜・祝日・年末年始

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